【アニメ】ドリフターズの登場人物・キャラクター解説

            <p><img class="hatena-fotolife" title="f:id:takegatari:20180111174446p:plain" src="https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/t/takegatari/20180111/20180111174446.png" alt="f:id:takegatari:20180111174446p:plain" /></p>

 

こんにちは。TAKEといいます。

 

2016年に放送され、人気コミックであるドリフターズ

本記事では登場するキャラクターの概要や史実について紹介したいと思います。

 

 

 

ドリフターズ作品紹介

 

ドリフターズは2009年より「ヤングキングアワーズ」で連載され、アニメは2016年の秋に放送されました。

 

作者は、HELLINGで有名な平野耕太さんです。

 

作品の雰囲気は、各登場キャラが、史実で語り継がれている戦い方や戦法などを繰り広げたり、豊久とある人物との時代を超えた因縁のぶつかり合いなどが描かれてい歴史バトル物です。

 

一方、所々でギャグ要素を挟んでくるので面白おかしく見ることもできます。

 

あらすじ

 

本作の主人公である島津豊久は、1600年関ヶ原の戦いにて、島津の退き口の最中、謎の人物「紫」にて、異世界へと転生させられる。

 

そこは、同じく紫により送られた漂流者(ドリフ)と紫と敵対するEASYにより送り込まれた廃棄物(エンズ)と呼ばれる過去や未来から島津と同じく転生させられた実際に語り継がれる世界各国の偉人がいる世界で、エンズが人類を絶滅させるべく進軍を開始していることを知る。

 

島津はそのことを知り、こちらの世界で出会う、同じく歴史上で有名な将軍である織田信長那須与一らと国取りを開始する。

 

登場人物・キャラクター紹介

 

島津豊久(CV中村悠一

 

史実

 

1570年~1600年。安土桃山時代の薩摩の武将で、島津家の家臣。


慶長5年(1600年)5月12日に伏見で参勤を果たし帰国しようとした際、関ヶ原の戦いが起こると伯父の義弘とともに西軍として参戦した。

しだいに戦いが東軍有意になると島津隊は洗浄で孤立する形となる。

 

退路を断たれた義弘は切腹する覚悟をきめたのだが、豊久は戦後にやってくる局面に立ち向かうためには、義弘が生きて帰る必要があると感じ、撤兵を促した。

これに意を決した義弘は、薩摩へむけて撤兵することととした。

これが島津の退き口である。


豊久はこの戦闘において殿軍を務めたが、東軍の追撃は激しく島津隊も多数の犠牲を出した。

豊久は義弘の身代わり(捨てがまり)となって、中村源助・上原貞右衛門・冨山庄太夫ら13機と大群の中へ駆け入って、討死した。

 

一説によると、豊久は重傷を負い、上石津の樫原あたりで死亡した。

ちなみに、この時に受けた傷で井伊直政は2年後に死亡している。

 

作中の設定

 

作中の年齢は、無くなる直前に転生させられたため、30歳である。

 

性格は血の気が盛んで一本気な性格で、非人道的な行為はけっして許さない。

 

戦いにおいてとにかく敵の首を取ることに執着するその戦い方から有る人物から「妖怪首おいてけ」と呼ばれることもある。

 

織田信長(CV内田直哉

 

史実

 

1534年~1582年。戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した武将。尾張(愛知)の大名で三英傑の一人。第六天魔王

 

駿河静岡県)の今川義元桶狭間の戦いで破ったのち、京都に入り、足利義満室町幕府の将軍にし、勢力を強めた。

 

長篠(愛知県)の戦いでは、足軽の鉄砲隊を利用した戦法を用い、甲斐(山梨県)の武田の騎馬隊を破った。

 

また、各地の一向一揆と戦い、抵抗を続ける大阪の石山本願を降伏させるなど、武力による天下統一を目指した。天下統一も目前で、明智光秀本能寺の変にあい、自決した。


作中では、本能寺の変にあい森蘭丸と逃げる中で何故か異世界へと飛ばされてしまう。
そこで豊久や与一と出会い、国取りを開始した。

 

エルフらに死体と土と硫黄を混ぜて火薬を作らせたり、逃げる敵兵を罠に陥れたりと生前のような巧みな戦術を発揮している。 

 

名前を名乗る際は織田右府信長であるといっているが、「右府」とは右大臣であった時期があるためである。

 

作中の設定

 

作中の年齢は、本能寺の変から登場時で半年以上経過しているため50歳。

 

作中では天下統一目前に明智光秀本能寺の変にあい、逃げ伸びている最中、異世界へと転生させられた。そこで豊久や与一と出会い、行動を共にする。

 

エルフらに死体と土と硫黄を混ぜて火薬を作らせたり、逃げる敵兵を罠に貶めたりと巧みな生前のような巧みな戦術を発揮する。

 

那須与一(CV斎賀みつき

 

史実

 

1169年~不明。平安時代末期の源氏の武将・御家人。名前の由来は11番目の子であったため10余り1であることから名づけられた。

 

史実では幼いころから弓の腕が達者で、屋島の戦いにて、平氏方の軍船に掲げられた扇の的を射落としたの言い伝えがある。

 

屋島の戦いにおいて休戦状態の時に、平氏側から美女の乗った小舟が現れ、竿の先の扇の的を射よと挑発を受けた。

外せば源氏の名折れになると、義経は手練れの武士を探し、畠山重忠に命じたが、辞退しかわりに那須十郎(与一の兄)を推薦したが、彼も傷が癒えずと辞退し、弟の与一が推薦されやむを得ず引き受けた。

与一は、扇の的を見事に射抜いて見せた。

その様子を見ていた平氏の武士50人ほどが興に乗って扇のあった下で舞い始めた。

これをみた義経は彼らも射るように命じ、与一にこの武士も射抜かせた。

 

作中での設定

 

作中での年齢は19歳で、女と見間違うほどの美貌を持つ(史料ではそのような記載はないため、あくまでも作中での設定)。

 

エルフらに弓を教え、弓兵のリーダー的な役割を担う。逃げる兵や残党兵を打ち取ることが多い。